エロ漫画を読みながら思った一貫性という幻想

僕はエロ漫画を読むのが昔から好きだ。
多分中学一年生の頃だろうか。
たまたまWeb広告のエロ漫画を読んで以来、ずっとエロ漫画に魅了され続けている。
エロ漫画の世界は美しく、可愛らしく、不可思議で、キレイな部分だけが切り抜かれた素晴らしい世界だ。

僕はエロ漫画が好きだけれど、アニメはそれほど観ない。
僕はエロ漫画が好きだけれど、AVは観ない。
僕はエロ漫画が好きだけれど、BL漫画も好きだ。
僕はエロ漫画が好きだけれど、セックスが嫌いだ(一度しか経験してないけれど、すごく気持ち悪かった)。
このように、エロ漫画に関する僕のパーソナリティを見ると一見矛盾しているように思える。
昔は、自分が矛盾している存在だと思って、無理やり一貫性を持とうとしていた部分があった。
でもついさっき悟った。
人間は、矛盾にまみれた存在で、それが自然なんだと悟った。


自分がかくあるべきだと、思ってしまう人って意外と多いんじゃないかと思う。
自分が自分であることを認められないから、自殺したり自傷したり、人はしてしまうんだと思う。
人は矛盾にまみれた存在です。
かくあるべしなんて無い。
目の前の現実を、ただ自分らしく、正直に受け止めていけば良いだけだ。

まじめに努力して行くだけだ。これからは、単純に、正直に行動しよう。知らない事は、知らないと言おう。出来ない事は、出来ないと言おう。思わせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦へいたんなところらしい。

太宰治 正義と微笑より

と、関谷あさみ先生のラフスケッチ (BAVEL COMICS)という作品を読んでいる最中に急に思いつきました。

可愛らしい思春期の女の子たちが紡ぐ、不器用で背徳的な恋模様が素晴らしき作品でした。